日本版『怪物』第10話と、オリジナル韓国版『怪物』の第15話・第16話を見てみた、姉です。
日本版は全10話、韓国版は全16話。
今回の日本版最終話は約51分。
韓国版は第15話が約1時間1分、第16話が約1時間19分なので、合計約140分。
最後までかなり大きなボリューム差がある。
そのため、日本版では事件の大筋をテンポよくまとめ、韓国版では人物の決断や事件後のそれぞれの人生まで細かく描くという、これまで見てきた両作品の違いが最終話でもはっきり出ていた。
両方の役者さんはそれぞれ素晴らしかった。
ただ、全話を見終えた感想としては、個人的には韓国版のほうがより印象に残った。
以下、少しネタバレを含みます。
- 最終話でも主役2人の所属が違う
- 韓国版ではギターピックの伏線も最後まで効いてくる
- 殺害される署長も日本版と韓国版では別の役割
- 中橋とイ・チャンジンでは犯した罪の数も違う
- 「最も高い場所から地獄へ落ちる」の意味が少し違う
- 最終話で八代がようやく大きく動く
- 一番大きな違いは「事件後」を描くかどうか
- 罪を暴くだけでなく、その代償まで描く韓国版
- 最後に失踪者へのメッセージが入る韓国版
- 日本版の「みなさんが待ってます」が少し弱く感じた理由
- 富樫は警察官を続けている。でもドンシクは?
- 全話を見比べると韓国版の“怪物”はもっと多かった
- 日本版はテンポ、韓国版は人物と物語の重み
- まとめ|両方見たからこそ、日本版と韓国版それぞれの良さがわかった
最終話でも主役2人の所属が違う
韓国版では前回、ドンシクが警察庁次長ハン・ギファンによってソウル庁監察調査係へ異動している。
そして最終話ではジュウォンも同じ部署へ移る。
つまり最後の事件では、2人が同じ立場で真相を追う形になる。
一方、日本版の富樫は羽多野署のまま。
八代は警察庁へ戻ることになるけれど、具体的にどの部署なのかはよくわからない。
事件の大きな流れは似ていても、主人公2人がどんな立場で動くのかはかなり違う。
韓国版ではギターピックの伏線も最後まで効いてくる
韓国版では、最初に葦原で遺体が見つかった現場に落ちていたドンシクのギターピックが重要な証拠になる。
そこからジョンジェの指紋が検出され、その鑑定書を母親が処分。
さらに、その隠蔽には警察内部の複数の人物も関係する。
序盤に出ていた小さな証拠が、終盤になって大きな意味を持つ。
日本版ではこの話自体がなく、別の証拠や関係性へ整理されている。
全10話にまとめるため仕方ないのだろうけれど、伏線の積み重ねという点では韓国版のほうがかなり複雑だった。
殺害される署長も日本版と韓国版では別の役割
日本版で殺害された羽多野署署長・秋山は、連続殺人犯が留置されていた時の防犯カメラ映像を改ざんした本人。
一方、韓国版で先に殺害されたマニャン派出所所長ナム・サンベは、映像改ざんには関わっていない。
真実へ近づいたことで殺される。
実際に防犯カメラを改ざんしたのは、別のムンジュ警察署長チョン・チョルムン。
そして、その署長も第15話で殺害される。
日本版では複数の役割を1人へまとめ、韓国版では別々の人物として描く。
ここにも、日本版の圧縮の仕方がよく出ている。
中橋とイ・チャンジンでは犯した罪の数も違う
日本版の中橋建設社長・中橋は、連続殺人犯の自殺を幇助し、さらに羽多野署署長・秋山を殺害する。
韓国版のJL建設代表イ・チャンジンは、連続殺人犯の自殺幇助に加え、マニャン派出所所長ナム・サンベとムンジュ警察署長チョン・チョルムンの2人を殺害。
同じ建設会社のトップにあたる人物でも、韓国版のほうがやっていることがさらに多い。
以前からイ・チャンジンは短気で荒っぽく、かなり狡猾な人物として描かれていた。
最後まで見ると、その“怪物”ぶりも韓国版のほうが強かったように感じる。
「最も高い場所から地獄へ落ちる」の意味が少し違う
日本版では、八代の父・正義は警察庁次長のまま逮捕される。
一方、韓国版のハン・ギファンは正式に警察庁長官になったあとで逮捕される。
両作品には、
「僕が怪物になって、父を抱きかかえて最も高い場所から一緒に地獄へ落ちます」
という趣旨のセリフがある。
この「最も高い場所」という言葉。
韓国版では父親が実際に警察庁長官まで上り詰めるので、かなりしっくりくる。
日本版では次長のままなので、少し意味合いが弱く感じた。
最終話で八代がようやく大きく動く
ただ、日本版の八代も最終話ではかなり活躍する。
録音データを使って父親や中橋へ揺さぶりをかける。
自殺しようとする父親を間一髪で止める。
そして最後には、妹を殺された富樫自身に父親へ手錠をかけさせる。
ここまで比較的おとなしい印象だった八代が、最終話になってようやく自分の意思で前へ出てきた感じがした。
服装も、それまでのビシッとしたスーツ姿とは少し違い、ネクタイなし。
ほんの小さな変化だけれど、父親の支配や“キャリア官僚”という枠から少し抜けたようにも見えた。
ちなみに父親が自殺しようとする方法にも違いがある。
日本版は薬。
韓国版は拳銃。
ここも韓国版のほうがかなり劇的。
一番大きな違いは「事件後」を描くかどうか
最終話で一番大きな違いを感じたのは、事件が解決したあと。
日本版では八代の父親が逮捕される場面は描かれる。
でも田所幹男、田所加代、中橋らが、その後どんな処分を受けたのかまではわからない。
一方、韓国版ではニュースという形で、それぞれの一審判決まで描かれる。
ハン・ギファンは重い懲役刑。
イ・チャンジンは無期懲役。
ト・ヘウォンは懲役9年。
パク・ジョンジェは懲役3年。
さらにドンシク自身も懲役1年、執行猶予2年。
ジュウォンは不起訴。
誰が何をして、その結果どうなったのか。
そこまで見せてくれる。
個人的には、この終わり方がかなりよかった。
罪を暴くだけでなく、その代償まで描く韓国版
『怪物』は、単純に悪人を捕まえて終わる作品ではない。
真実を暴く側の人間も、時には違法なことをしている。
ドンシクも例外ではない。
だから韓国版では、悪人だけが裁かれて終わるのではなく、ドンシク自身も自分の行動の責任を取る。
ここがかなり大事だったように思う。
「怪物を捕まえるためなら何をしてもいい」
ではない。
真実を明らかにしたあと、自分自身の罪も引き受ける。
そこまで描くことで、物語がきちんと閉じた感じがした。
最後に失踪者へのメッセージが入る韓国版
韓国版ではエンドロールの途中に、ドンシクとジュウォンのナレーションが入る。
所在不明の成人失踪者について、家族のもとへ戻れるよう、小さな手掛かりでも警察へ通報してほしいという内容。
ドラマの事件を現実の社会問題へつなげる終わり方。
ここも印象的だった。
フィクションとして事件を解決して終わるのではなく、
「現実にも今なお失踪者を探している家族がいる」
というところへ戻してくる。
社会派ミステリーとしての余韻が残った。
日本版の「みなさんが待ってます」が少し弱く感じた理由
日本版の最後で、八代は警察官の制服を着た富樫に、
「みなさんが待ってます。必ず来てくださいね」
という。
ただ、この「みなさん」が個人的には少ししっくりこなかった。
日本版でも何度かみんなで食事をする場面はある。
でも、そこまで強い結びつきが積み重なっていたようには感じなかった。
一方、韓国版ではみんなで食事する場面がかなり多い。
所長が亡くなった時には皆が大きなショックを受け、お葬式の場面まで描かれる。
一緒に食べる。
一緒に働く。
一緒に悲しむ。
そうした積み重ねによって「この人たちは家族に近い仲間なんだ」ということが自然に伝わってくる。
だからこそ、最後の人間関係にも重みがある。
富樫は警察官を続けている。でもドンシクは?
日本版では、最後に富樫が警察官の制服を着ている。
逮捕されたあとどのような処分を受けたのかは描かれないけれど、少なくとも警察官として戻っていることはわかる。
一方、韓国版のドンシクは判決を受けたあと、久しぶりに仲間たちとの食事へ私服で参加する。
今どこで何をしているのか本人も周囲もはっきり言わない。
警察官を続けているのか。
別の仕事をしているのか。
そこは少し曖昧なまま。
日本版はわかりやすく未来を見せ、韓国版は少し余白を残している。
この違いも面白かった。
全話を見比べると韓国版の“怪物”はもっと多かった
日本版と韓国版を最後まで見て、一番感じた違いは、タイトルの『怪物』という言葉の広がり方かもしれない。
日本版にももちろん“怪物”と呼びたくなる人物はいる。
ただ、韓国版ではもっと多くの人物が、それぞれ違う形で怪物に見える。
人を殺す怪物。
息子を守るため証拠を隠す怪物。
権力を守るため真実を捨てる怪物。
真実を暴くため、自分自身も一線を越える怪物。
誰か1人が“怪物”なのではなく、人の心の中にあるものとして描かれている感じが強かった。
日本版はテンポ、韓国版は人物と物語の重み
日本版の良さは、やっぱり見やすさ。
全10話でテンポよく進む。
韓国版で2~3話かけるところを1話にまとめても、事件の大筋はほとんど迷わず追うことができた。
これはかなりうまく作られていたと思う。
一方、韓国版は全16話。
その時間を使って、人物同士の食事、家族関係、仕事仲間との会話、事件のあとに残る傷までじっくり描く。
だから終盤で誰かが裏切ったり、亡くなったり、罪を認めたりした時の重みが違う。
両方を最後まで見た結果、個人的には韓国版のほうがより好きだった。
まとめ|両方見たからこそ、日本版と韓国版それぞれの良さがわかった
日本版『怪物』全10話と、韓国版『怪物』全16話。
同じ物語をベースにしながら、かなり違う作品になっていた。
日本版は短い時間の中で事件を整理し、テンポよく見せる。
韓国版は時間を使って人物の感情や関係性を積み重ね、事件のあとにそれぞれがどんな責任を負ったのかまで描く。
役者さんは両作品ともそれぞれ素晴らしかった。
ただ、登場人物たちの“怪物”ぶりや、人と人とのつながり、物語全体の重み、そして最後に罪を犯した人物の判決まで見せる終わり方を含めると、個人的には韓国版のほうが印象に残った。
一方、日本版から先に見たからこそ、韓国版で追加されている細かな描写にも気づきやすかった。
両方見るなら、日本版を見てから韓国版。
全話を見終えた今でも、その順番が一番楽しめるような気がしている。
