WOWOWの連続ドラマW『コンサルタント―死を執筆する男―』は、小説家を夢見る伊崎耀が、実在する人物を死へ導く「暗殺小説」を書く仕事へ引き込まれていくダーク・サスペンスだ。
伊崎は当初、自分の書いた物語が現実の暗殺に使われていることを知らなかった。しかし、カンパニーの正体を知ったあとも、自ら組織に残ることを選ぶ。そして、人の死を書くことが日常となった頃、元恋人・良美を標的にした依頼を受けることになる。
最終回では、伊崎はカンパニーで経験した出来事を一冊の小説として出版した。その後、工事現場で金属音が響き、伊崎の生死は明確に描かれないまま物語は終わっている。
伊崎はいつ「人殺し」になったのか。良美の死は何を意味していたのか。そして、伊崎が最後に書いた小説は告発だったのか、それとも自分自身を裁くための物語だったのか。
この記事では、全6話の流れを簡単に振り返りながら、見終えたあとに残る3つの疑問を中心に、最終回の結末を考えていく。
※この記事は最終回までのネタバレを含みます。
このページでわかること
- 全6話を通して伊崎がどのように変わったのか
- 伊崎はいつ「人殺し」になったのか
- 良美の死が伊崎に突きつけたもの
- 早紀と伊崎が共有していた罪
- 菅野が伊崎を法律で裁けなかった理由
- 最終回で伊崎が出版した小説の意味
- 「今日までありがとう」という言葉や工事現場の金属音の解釈
- 伊崎は最後に本当の小説家になれたのか
『コンサルタント―死を執筆する男―』作品情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | コンサルタント―死を執筆する男― |
| 放送・配信 | WOWOW |
| 話数 | 全6話 |
| 原作 | イム・ソンスン『コンサルタント』 |
| 日本語版原作 | イム・ソンスン著、カン・バンファ訳『コンサルタント―死を執筆する男―』 |
| 脚本 | 戸田山雅司 |
| 監督 | 中田秀夫、小林義則 |
| 音楽 | カワイヒデヒロ |
| 主題歌 | GACKT「FALL AGAIN」 |
| 主演 | 伊藤健太郎 |
| 主な出演 | GACKT、木村文乃、桜井日奈子、一ノ瀬颯、河相我聞、芹澤興人、木場勝己ほか |
| 製作 | WOWOW、トライストーン・エンタテイメント |
『コンサルタント―死を執筆する男―』は、売れない小説家だった伊崎耀が、誰にも疑われない死の筋書きを書く「暗殺コンサルタント」へ変わっていく物語である。
伊崎が書いたフィクションを、謎の組織「カンパニー」が現実の暗殺へ変えていく。事故や自殺として処理される死を通して、直接手を下さなくても罪は生まれるのか、才能を認められることは人をどこまで変えるのかが描かれている。
主要な登場人物・キャスト
伊崎耀/伊藤健太郎
小説家を目指しながら、古本屋で働いていた青年。
犯人が捕まらず、完全犯罪が成立するミステリーを書く才能を黒川に見いだされ、実在する人物を死へ導く「暗殺小説」の執筆を依頼される。
当初は自分の小説が現実の暗殺に使われていることを知らなかったが、カンパニーの正体を知ったあとも組織に残ることを選ぶ。
その後は、表向きは外資系企業のコンサルタント、裏では暗殺の筋書きを書く「暗殺コンサルタント」として働くようになる。
黒川秋峰/GACKT
伊崎の才能を見いだし、カンパニーへ引き入れた謎の男。
伊崎の小説を高く評価しながらも、その才能を暗殺のために利用していく。伊崎の迷いや罪悪感さえも見抜き、巧みな言葉で組織にとどまるよう導く。
最終回では、良美の死をきっかけに伊崎が「本物の人殺し」になったと告げる。
水畑早紀/木村文乃
カンパニーから派遣された伊崎のマネジャー兼監視役。
標的の資料を渡し、完成した小説を評価しながら、伊崎の私生活にも深く関わっていく。
彼女自身も、過去に婚約者を追い詰めた人物の暗殺をカンパニーへ依頼し、その代償として組織の一員になった人物である。
伊崎を管理する立場でありながら、同じ罪を背負う人間として彼を気にかけていた。
斎藤良美/桜井日奈子
伊崎が表向き勤務する会社の経理スタッフで、伊崎の恋人。
明るく振る舞っているが、家族や過去について多くを語らず、精神的な不安定さも抱えている。
伊崎にとっては、暗殺とは無関係な日常と、平凡な男として生きられる可能性を象徴する存在だった。
しかし、伊崎は良美本人の言葉よりも、カンパニーから渡された資料と自分の推理を信じてしまう。
菅野正人/一ノ瀬颯
警視庁捜査一課の刑事で、伊崎の高校時代の同級生。
事故死や自殺として処理された複数の事件に共通する不自然さを感じ、独自に調査を続ける。
伊崎が暗殺に関わっていると疑うものの、決定的な証拠をつかむことはできない。
物語の中では、法律によって伊崎の罪を追おうとする存在として描かれている。
『コンサルタント』をWOWOWで見る
『コンサルタント―死を執筆する男―』は、WOWOWオンデマンドで全6話が配信されている。
伊崎が何も知らずに暗殺小説を書き始める第1話から、自分自身の罪を一冊の小説として残す最終回まで、全6話で一つの結末へ向かっていく。
話数が少なく、物語も大きく寄り道しないため、まとめて視聴しやすい作品である。
この記事は最終回までのネタバレを含むため、未視聴の場合は、本編を見終えてから読み進めてほしい。
全6話の流れ|伊崎はどのように変わったのか
全6話を通して描かれたのは、伊崎が突然悪人になる姿ではない。
何も知らずに死を書いた青年が、正体を知ったあとも仕事を続け、人の死を日常として受け入れ、最後には自分自身の罪を書くまでの変化である。
第1話|知らずに「死」を書く
小説家を目指す伊崎は、出版社の代理人を名乗る黒川から、指定された人物を誰にも疑われずに死へ導く暗殺小説を依頼される。
伊崎はフィクションだと思って執筆するが、実在する人物が小説と同じ方法で亡くなっていた。
この時点の伊崎は、暗殺へ加担した事実さえ知らない。才能を認められた喜びが、知らないうちに人の死へつながった回である。
第2話|知ったうえでカンパニーに残る
自分の小説が暗殺に使われていると知った伊崎は、3人目の標的を救おうとする。しかし暗殺を防げず、目の前で自分の書いた小説通りに標的は亡くなってしまう。
黒川からカンパニーの正体を明かされた伊崎は、仕事を続けるかどうか選択を迫られ、最後に「やります」と答える。
知らずに書いた第1話から、死につながると知って書く側へ踏み込んだ、大きな分岐点だった。
第3話|暗殺が日常になる
2年後、伊崎は外資系企業のエリート社員という表向きの身分を与えられ、暗殺小説を書く生活を続けていた。
小説は早紀に採点され、報酬を受け取り、次の仕事へ進む。人の死は、すでに日常業務の一部になっている。
一方で、恋人の良美は伊崎が平凡な男でいられる時間を、刑事の菅野は違和感を覚える事故や自殺に殺害された可能性を示していた。
第4話|標的を直接観察する
伊崎は、命を狙われている五條から、専属の暗殺阻止コンサルタントにならないかと持ちかけられる。
しかし、その接触自体がカンパニーの計画だった。伊崎を五條へ近づけ、資料だけでは分からない生活環境や警備体制を調べさせていたのである。
伊崎は、カンパニーからの情報や資料だけでなく、これから暗殺する本人を直接観察して小説を書くところまで踏み込んでいく。
第5話|元恋人の死を書く
次の標的として示されたのは、伊崎の元恋人・良美だった。
伊崎は、たとえ自分が断っても別の小説家が書くのなら、自分が彼女の死を書いたほうがよいと考える。
良美を救うのではなく、愛した相手をよりよく死なせることを選んだ時点で、伊崎はカンパニーの論理を自分のものにしていた。
さらに伊崎は、自分の正体を知られたという良美本人へその事実を確かめることなく、カンパニーの資料から彼女の全てを理解したつもりになってしまう。
最終回|最後に自分の罪を書く
良美は、伊崎が書いた暗殺小説とは別の形で自ら命を絶っていた。
伊崎は、自分の小説が使われなかったことにひどく動揺する。自分の思い込みと拒絶の言葉が、良美をさらに追い詰めたことを知るからである。
菅野は伊崎を疑いながらも、証拠がないため罪に問うことができない。
そこで伊崎は、カンパニーで経験したことと自分の罪を、一冊の小説として出版する。
第1話で他人の死を書き始めた伊崎は、最後に自分自身を主人公にしたのである。
考察1|伊崎はいつ「人殺し」になったのか
伊崎は、自分の手で標的を殺してはいない。
彼がしたのは、与えられた資料を読み、誰にも疑われずに人が死ぬ物語を書くことだった。実際の暗殺は、カンパニーの人間が伊崎の小説を修正し、現場で実行している。
それでも、カンパニーの存在をしってしまった以上、依頼を受けなければ自分が暗殺されるのだろうと、自分の物語が暗殺に使われると知ったあとも書き続けた伊崎を、単なる小説家と呼ぶことはできない。
では、伊崎はどの時点で「人殺し」になったのだろうか。
知らずに書いた罪と、知ってから書いた罪
第1話で伊崎は、黒川から依頼された暗殺小説をフィクションだと思って書いていた。
実在する人物が標的であることも、自分の小説がそのまま暗殺に利用されることも知らない。結果として死に関わったとはいえ、この時点の伊崎には殺意がなく、カンパニーに利用された被害者でもあった。
しかし、自分の小説と同じ方法で人が亡くなっていると知ったあと、伊崎の立場は変わる。
3人目の標的を救おうとしたことからも、伊崎は自分の行為が何につながっているかを理解していた。それでも暗殺を防げず、黒川からカンパニーの正体を知らされる。
第1話で背負ったのが知らずに書いた罪なら、第2話から背負うのは、死につながると知ったうえで書く罪だった。
カンパニーに残ったのは伊崎自身の選択だった
黒川は伊崎に、カンパニーで仕事を続けるかどうかを選ばせる。
すでに組織の秘密を知ってしまった以上、完全に自由な選択だったとはいえない。断れば口封じされる可能性もあり、伊崎に安全な逃げ道が用意されていたわけではなかった。
しかし、伊崎を引き留めたのは恐怖だけではない。
黒川は伊崎の才能を認め、社会から出遅れた人間がカンパニーで成功することを「ゆがんだ社会への復讐」として語った。
小説家として評価されず、自分の居場所を持てなかった伊崎にとって、カンパニーは初めて才能を必要としてくれた場所でもある。
だから伊崎は、最後に自分から黒川へ電話をかけ、「やります」と答えた。
知らずに暗殺へ加担させられた被害者から、暗殺に必要な物語を書く加害者へ踏み込んだ最初の境界は、この選択だったのだと思う。
暗殺を仕事として受け入れた2年間
それから2年後、伊崎にとって暗殺小説を書くことは日常になっていた。
カンパニーから標的の資料を受け取り、小説を書き、早紀から点数をつけられ、多額の報酬を受け取る。標的の死は、作品が現実に採用された結果として処理されていく。
伊崎は罪悪感を完全に失ったわけではない。
それでも第1話のように取り乱すことはなく、人の死を仕事の成果として受け止めるようになっていた。
一度だけ依頼を引き受けたのではなく、それを繰り返し、自分の職業として受け入れた。この2年間によって、伊崎はカンパニーという仕組みの一部になった。
暗殺を特別な罪ではなく、日々の仕事として扱うようになったとき、伊崎は「人殺し」という言葉から、さらに逃れにくくなっていた。
早紀と伊崎が共有していた「人殺し」という罪
早紀もまた、自分の手で誰かを殺した人物ではない。
婚約者を追い詰めた元共同経営者の暗殺をカンパニーへ依頼し、実行したのは別の人間だった。
それでも早紀は、自分を人殺しだと認識している。
自分が相手の死を望み、依頼した結果として一人の人間が亡くなった以上、実行役との距離を免罪符にはしなかった。
これは伊崎との大きな違いでもある。
伊崎は、自分は小説を書いただけであり、実際に殺したのはカンパニーだという距離を、どこかに残していた。
早紀が自分の過去を明かしたのは、伊崎を慰めるためだけではない。
直接手を下さなくても、自分の選択によって人が死んだなら、その責任からは逃れられない。早紀は、自分自身の存在によってそれを伊崎へ示していた。
二人は違う立場からカンパニーへ入ったが、暗殺の依頼を完遂させることを仕事とし、その罪を抱えたまま生きている点では同じだった。
菅野が法律で伊崎を裁けなかった理由
菅野は、事故や自殺として処理された複数の死に違和感を覚え、伊崎へ疑いを向ける。
しかし、伊崎が怪しいことと、犯罪を証明できることは別だった。
伊崎が事件現場の近くにいたとしても、それだけでは暗殺への関与を立証できない。過去に書いた小説と事件が似ていても、小説を書くこと自体は犯罪ではない。
さらに、暗殺に使われた原稿やデータは消され、依頼人、実行役、カンパニーへつながる記録も残されていなかった。
伊崎は暗殺の筋書きを書いたが、直接指示を出した証拠も、現場で手を下した事実もない。
菅野は伊崎が何かを知っていると確信していても、法律によって裁くための証拠を見つけられなかった。
ここに、本作が描く罪のねじれがある。
伊崎は何人もの死に関わっている。しかし、その罪は、警察が証拠として押収できる形では残っていなかった。
伊崎を本当の人殺しにしたのは良美への言葉だった
黒川は最終回で、伊崎がようやく「本物の人殺し」になったと告げる。
良美は、伊崎が書いた暗殺小説によって殺されたのではない。カンパニーが手を下すことなく、自ら命を絶っていた。
それでも黒川が伊崎を人殺しと呼んだのは、彼の言葉が良美を追い詰めたからである。
伊崎は、良美が自分の正体を知ったと思い込み、彼女の過去(支社長との不倫)や薬(抗うつ薬)のことを持ち出したうえで、「知らなくてもいいことを知ってしまった」と告げた。
しかし良美は、伊崎が妊娠や流産のことまで知り、自分を拒絶したのだと受け取ってしまう。
伊崎は良美本人に事情を尋ねず、カンパニーから渡された資料と自分の推理だけで彼女を理解したつもりになった。そして、復縁を懇願する良美を拒んだ。
それまでの暗殺では、伊崎の言葉(暗殺小説)をカンパニーが現実へ変えていた。
良美の死では、間に組織も実行役も必要なかった。伊崎の思い込みと拒絶の言葉が、直接彼女を追い詰めてしまった。
そう考えると、伊崎が「人殺し」になった瞬間は一つではない。
カンパニーに残ると決めたときに加害者の側へ踏み込み、暗殺を仕事として続けることで罪を重ね、良美を言葉で切り捨てたことで、最後に自分でも否定できない場所へたどり着いた。
伊崎の罪は、一本の境界線を越えた瞬間に生まれたのではない。
小さな選択と自己正当化を積み重ねるたび、少しずつ深くなっていったのである。
考察2|良美の死は何を意味していたのか
良美は、物語の前半では伊崎の恋人として登場する。
しかし最終回まで見ると、彼女は単なる悲劇の恋人ではない。伊崎が暗殺コンサルタントとして何を失ったのかを、最もはっきりと示す人物だった。
それまで伊崎が死を書いてきた標的は、与えられた資料から作り上げた登場人物に近い。しかし良美だけは、実際に好意を持ち、恋人として同じ時間を過ごした相手である。
それでも伊崎は、目の前の良美ではなく、カンパニーから渡された資料と自分の推理から作った「良美の物語」を信じてしまった。
良美は伊崎が平凡な男でいられる時間だった
カンパニーに入ったあとの伊崎は、誰にも本当の自分を明かせない生活を送っている。
外資系企業のエリート社員という肩書も、仕事の内容も、収入の理由もすべて偽物である。カンパニーの依頼を持ってくる早紀も、恋人ではなく、マネジャー兼監視役だった。
その中で良美と過ごす時間だけは、伊崎が暗殺と無関係な一人の男でいられる時間だった。
食事をし、職場では交際を隠し、他愛のない会話を交わす。そこに特別な出来事はないが、伊崎にとっては、その平凡さこそが特別だった。
一方で、伊崎は良美を自宅へ招かず、自分の家族や友人にも会わせようとしない。
平凡な生活を求めながら、その生活を成立させるために必要な信頼は差し出せなかったのである。
良美は、伊崎が望んでも手に入れることのできなかったもう1つの人生を象徴していた。
伊崎は良美本人ではなく資料を信じた
カンパニーから良美を標的とする資料を渡された伊崎は、彼女が自分の正体を知ったのだと考える。
経理担当として高額な報酬を不審に思い、自宅や会社を調べ、暗殺コンサルタントであることに気付いた。そのため恐ろしくなり、別れを告げたのだと推理した。
しかし、それは伊崎の想像にすぎない。
良美は伊崎の正体を知らず、別れを選んだ理由もカンパニーとは無関係だった。
それでも伊崎は、本人へ確かめようとしなかった。
代わりに信じたのは、父親から受けた暴力、母親との生活、徳永との過去の不倫関係、抗うつ薬の服用などが記されたカンパニーの資料だった。
伊崎は、詳しい情報を得たことで良美を理解したつもりになる。
だが、資料は良美の過去を説明できても、現在の気持ちまでは語らない。なぜ伊崎と別れたのか、なぜもう一度会おうとしたのかは、本人に聞かなければ分からない。
伊崎は小説を書くときと同じように、断片的な情報から人物像を作り、その人物が次に取る行動まで決めてしまった。
恋人だった良美に対しても、一人の人間ではなく、自分の物語の登場人物として向き合っていたのである。
良美の暗殺小説を書いた伊崎の自己正当化
良美の暗殺を依頼された伊崎は、最初こそ動揺する。
しかし、早紀から自分が断っても別の小説家が担当すると聞かされると、伊崎は「ほかの誰かに殺されるより、自分が書いたほうがよい」と考える。
一見すると、良美を思っての選択にも見える。
だが実際には、彼女を救うための判断ではない。
良美へ事情を尋ねることも、カンパニーに逆らうことも、すべてを捨てて逃げることもせず、彼女の死を自分が担当する理由を作っている。
伊崎は、自分なら良美のことを知っているから、彼女らしい結末を書けると考えたのかもしれない。
しかし、交際中でさえ良美の過去や苦しみをほとんど知らなかった。
それにもかかわらず、自分こそが彼女を最も理解しているという前提で暗殺小説を書く。
「自分が書いたほうがよい」という考えは、良美を守るためのものではなく、自分が書くことを受け入れるための自己正当化だった。
二人の間ですれ違った「知らなくてもいいこと」
最後の食事で、良美は、伊崎がどのような人間でも自分には必要だと訴える。
しかし伊崎は、徳永との関係や薬のことを持ち出し、良美が自分の周辺を調べたと責める。そして、「知らなくてもいいことを知ってしまった」と告げる。
伊崎が指していたのは、カンパニーと暗殺コンサルタントの秘密だった。
一方の良美は、自分が隠していた妊娠や流産のことまで伊崎に知られ、それを理由に拒絶されたのだと受け取った。
同じ言葉が、二人の間でまったく違う意味を持ってしまったのである。
伊崎は良美が自分の秘密を知ったと思い、良美は伊崎が自分の秘密を知ったと思った。
二人とも相手に直接確かめないまま、自分の中で答えを作っている。
このすれ違いは、単なる偶然ではない。
伊崎が人間を資料と推理によって理解することに慣れ、良美もまた、拒絶されることへの恐れから相手の言葉を最悪の意味へ結びつけてしまった結果だった。
良美の死は暗殺の失敗ではなく人間理解の失敗だった
伊崎が書いた暗殺小説では、良美は抗うつ薬の服用を突然やめた反動によって精神状態を悪化させ、自殺したように見せかける予定だった。
しかし良美は、カンパニーが手を下すことなく、自ら命を絶っていた。
そのため、暗殺計画だけを見れば失敗である。
だが、本作が描いたのは、暗殺方法の失敗ではない。
伊崎が元恋人の良美のことを理解できなかったことの失敗だった。
伊崎は、標的の性格や過去から行動を予測し、その人物らしい死を作ることで評価されてきた。しかし、実際に愛した良美が何を苦しみ、なぜ自分のもとへ戻ってきたのかは見抜けなかった。
カンパニーが用意した資料を読んで理解したつもりになり、本人の言葉を聞かず、自分の推理に沿って関係を終わらせた。
良美の死によって明らかになったのは、伊崎の小説が人間を深く理解したものではなかったということでもある。
彼が作っていたのは、標的本人の物語ではない。限られた情報から、周囲が納得しやすい結末を作る物語だった。
良美に関する資料はカンパニーに都合良く、まるで伊崎を誘導するかのように都合の悪い情報は与えない、そんな悪意すら感じられた。
良美は、伊崎が唯一、資料ではなく本人を見なければならない相手だった。
そして伊崎は、最後までそれができなかった。
桜井日奈子が演じた良美の危うさと孤独
良美は、初めから大きく感情を乱す人物として描かれていたわけではない。
伊崎と食事をし、明るく話し、自分なりの価値観を語る。一見すると、恋人との時間を楽しんでいる普通の女性に見える。
しかし、その明るさの奥には、見捨てられることへの不安がにじんでいた。
伊崎の反応を細かく確かめ、二人の距離が少し開いただけでも、関係が終わるのではないかと恐れているように見える。
桜井日奈子は、良美の危うさを派手な感情表現ではなく、視線や声の揺れ、笑顔が消える一瞬によって見せていた。
特に最後の食事では、伊崎と会えた喜びと、拒絶されるかもしれない不安が同時に表れている。
良美が料理を食べながら会話を続けようとする一方、伊崎はほとんど食事に手をつけず、別れを告げる機会を待っている。その温度差が、良美が一人で関係をつなぎ止めようとしていることを伝えていた。
良美には、病気の母親を支え、独学で経理を身につけて働いてきた強さもある。
同時に、誰かに必要とされることで、自分の存在を確かめようとする弱さもあった。
その両方が描かれているからこそ、良美は伊崎を罪悪感へ導くためだけの人物ではなく、一人の人間としての痛みを残した。
良美の死が物語の中心になったのは、彼女がカンパニーの秘密を知ったからではない。
伊崎が、愛した相手さえも自分の作った物語の中へ閉じ込めてしまったことを示したからである。
考察3|最終回で伊崎は何を書き、どうなったのか
最終回で伊崎は、カンパニーで経験した出来事を一冊の小説として出版する。
その後、工事現場の前で立ち止まり、金属音と衝撃音が響く。伊崎が倒れる姿や遺体は映らず、生死は明確にされないまま物語は終わった。
伊崎は何を世の中へ残し、最後にどのような結末を選んだのか。
最終回は答えを一つに決めず、伊崎が書いた小説と同じように、見る側へ解釈を委ねている。
伊崎が最後に出版した小説の内容
伊崎が出版した小説の題名は、ドラマと同じ『コンサルタント―死を執筆する男―』だった。
作中では人物名がアルファベットに置き換えられていたが、内容は伊崎がカンパニーに入ってから経験した出来事をもとにしている。
黒川との出会い、暗殺小説を書く仕事、暗殺を請け負うカンパニーという存在、良美の死、そして自分自身が背負った罪まで、一冊の物語としてまとめたと考えられる。
それまで伊崎が書いた小説は、暗殺が実行されたあとに消されていた。
一般の読者へ届くことはなく、現実の死へ変わった時点で、作品としての姿を失っている。
最後の小説だけは違う。
伊崎は、自分が何をしてきたのかを、自分の名前で世の中へ残した。
それは誰かを暗殺する小説ではなく、告白に近い小説だった。
暗殺を隠す小説から、罪を明らかにする小説へ
カンパニーのために書かれた小説は、暗殺という真実を隠すために使われてきた。
標的の病気や秘密、家族関係を利用し、殺人を事故や自殺として成立させる。伊崎の物語は、人が殺された事実を、別の筋書きで覆い隠していた。
最後の小説では、その向きが逆になる。
事故や自殺の裏に暗殺があったこと、自分が死の筋書きを書いていたこと、カンパニーという組織が存在することを、フィクションの形で明らかにした。
もちろん、小説として発表された以上、読者はどこまでが事実なのか確認できない。
それでも、誰にも知られず消えていった死を、読まれる形で残すことには意味がある。
カンパニーが現実を都合のよい物語へ変えてきたのに対し、伊崎は最後に、その物語の下に隠されていた罪を書き戻そうとしたのである。
なぜカンパニーの存在を小説として書いたのか
伊崎が警察へすべてを話しても、カンパニーの存在を証明できたとは限らない。
暗殺に使われた原稿やデータは消され、依頼人や実行役へつながる記録も残っていない。刑事の菅野でさえ、伊崎を疑いながら決定的な証拠をつかめなかった。
小説であれば、証拠がなくても書くことができる。
実名を伏せ、フィクションとして発表すれば、自分が経験したことを世の中へ出しながら、記録として残せる。
ただし、これはカンパニーを直ちに崩壊させる告発ではない。
黒川も、伊崎の小説を読んで「これが贖罪ですか」と冷ややかに受け止めている。事実が小説として発表されたところで、多くの読者は作り話として読む可能性が高いからである。
それでも伊崎は、何も残さず消えることを選ばなかった。
真実を証明するためというより、自分が知っていることと、自分が犯した罪を消させないために書いたのだと思う。
「今日までありがとう」という言葉の意味
伊崎は、早紀が持ってきた本(伊崎の出版した小説)に「サインするよ」と言って、
伊崎耀 今日までありがとう
と書き残している。
「ありがとう」だけであれば、早紀への感謝として受け取れる。
しかし、「今日まで」と付けたことで、それは別れの言葉になる。
マネージャーの早紀は伊崎を監視し、暗殺小説を書かせる側の人間だった。その一方で、伊崎の罪悪感や孤独を最も理解していた人物でもある。
伊崎は、そんな早紀へ感謝すると同時に、二人の関係がその日で終わることを伝えたのだろう。
さらに、この言葉は暗殺コンサルタントとしての自分にも向けられていた可能性がある。
伊崎は「ありがとう」ではなく、「今日までありがとう」と書いた。
それは、これまでの人生に区切りをつけ、もう同じ場所へ戻らないという意思表示だったのではないか。
工事現場の金属音は何を意味していたのか
伊崎が最後に立ち止まった場所では、工事現場のクレーンで鉄骨が運ばれている。
画面が暗転したあとに金属音と衝撃音が響くため、鉄骨が落下したと受け取るのが自然である。
ただし、鉄骨が伊崎に当たった場面は映っていない。
倒れる姿も、その後の現場も描かれないため、音だけで伊崎の死を断定することはできない。
この演出は、事実を示すというより、伊崎の死を想像させるためのものだったのだと思う。
本作の暗殺は、殺人だと気付かれず、事故や自殺として処理されることを特徴としていた。
もし伊崎が工事現場の事故で亡くなったなら、彼自身もまた、これまで書いてきた標的と同じように、暗殺かどうか分からない死を迎えたことになる。
最後の金属音は、伊崎が作ってきた物語の構造を、本人へ返す音だったのかもしれない。
伊崎は死んだのか
結論として、伊崎が死んだとは明言されていない。
生存の可能性は残されている。
ただし、伊崎が死を覚悟していたと考えられる描写は多い。
カンパニーの秘密を小説として出版し、早紀へ「今日までありがとう」と残し、工事現場のクレーンで運ばれる鉄骨を見上げて、そこに立ち止まる。さらに、黒川も近くの車内から伊崎を見ていた。
伊崎は、小説を出版すればカンパニーに消される可能性があると分かっていたはずである。
それでも出版したということは、カンパニーの仕事を続けて生き延びることより、罪を残すことを選んだとも考えられる。
また、伊崎自身が自分の死を一つの小説として設計していた可能性もある。
その場合、最後の標的は伊崎自身だったことになる。
ただし、自ら死を選んだのか、カンパニーに殺されることを受け入れたのか、あるいは生きてその場を去ったのかは分からない。
最終回が重視したのは、生死の答えよりも、伊崎が自分の結末を物語として残したことだったのだと思う。
最後の笑みは誰に向けられたものだったのか
クレーンで運ばれる鉄骨のそばで立ち止まった伊崎は、振り返ってわずかに笑う。
その笑みが誰に向けられたものなのかは、はっきりしない。
名前を叫びながら伊崎を追いかけできた菅野へ向けたものなら、自分の罪を疑い、最後まで追い続けた同級生への別れだったと考えられる。
早紀へ向けたものなら、自分を理解し、止めようとしてくれた人物への感謝にも見える。
黒川へ向けたものなら、最後にカンパニーの依頼ではなく、自分の意思で小説を書いたことを示す、小さな反抗の笑みだったのかもしれない。
また、特定の人物ではなく、読者や視聴者へ向けた笑みとも考えられる。
伊崎は最後に、自分の人生を一冊の物語として完成させた。
その結末を知っているのは、書いた本人だけである。
あの笑みは、自分の結末を他人に読ませる側へ戻った、小説家・伊崎耀の表情だったのではないか。
伊崎は最後に本当の小説家になれたのか
伊崎はずっと小説家になりたいと願っていた。
しかし、カンパニーで高額な報酬を得るようになっても、彼の作品を読む一般の読者はいなかった。
小説は暗殺のために使われ、役目を終えれば消される。評価するのも、早紀や黒川といったカンパニーの人間だけだった。
その意味では、伊崎は暗殺コンサルタントとして成功しても、まだ本当の小説家にはなれていなかった。
最後の一冊は、自分が書きたいことを、自分の名前で出版し、読者の手へ渡した作品である。
それによって罪が消えるわけではない。亡くなった人々も戻らず、贖罪として十分だったとも言い切れない。
それでも、初めて誰かを殺すためではなく、自分の責任で言葉を選び、その解釈を読者へ委ねた。
カンパニーでは、伊崎の物語が他人の結末を決めていた。
最後の小説では、伊崎自身の結末をどう読むかが、読者に委ねられている。
そう考えると、伊崎は最後にようやく、暗殺の物語を書くコンサルタントではなく、一人の小説家になれたのだと思う。
ただし、その場所へたどり着くために、自分の人生と罪のすべてを作品へ差し出さなければならなかった。
カンパニーと「暗殺小説」の仕組み
カンパニーは、依頼を受けて人を殺す組織である。
しかし、本作で描かれていたのは、単純な殺し屋の集団ではない。
依頼人、伊崎、黒川、実行役がそれぞれ別の役割を担当し、一人の人間の死を事故や自殺として完成させる。そこでは、殺人が細かな仕事へ分解され、誰も全体を直接引き受けなくて済む仕組みが作られていた。
カンパニーが売っていたのは罪からの距離だった
依頼人は、自分の手で標的を殺さない。
現場にも立ち会わず、死ぬ瞬間を見ることもない。ただ金を払い、邪魔な人物が事故や自殺によって消えるのを待つ。
そのため、自分は人を殺したのではなく、問題の解決を依頼しただけだと考えることができる。
ここに「コンサルタント」という言葉の不気味さがある。
カンパニーは人の命を奪う行為を、暗殺ではなく課題解決のように扱う。依頼人にとって標的は一人の人間ではなく、取り除くべき問題へ変わる。
つまり、カンパニーが売っていたのは標的の死だけではない。
自分を人殺しだと思わずに済む距離と、罪悪感を直接引き受けなくてもよい仕組みだった。
なぜ暗殺計画は小説でなければならなかったのか
伊崎が書いていたのは、凶器の使い方や実行手順を並べた殺害マニュアルではない。
標的がどのような人生を送り、何を隠し、何を恐れた結果、死へ向かうのか。その流れを一つの物語として作ることが仕事だった。
カンパニーにとって重要なのは、標的を確実に殺すことだけではない。
死後に警察や家族、職場の人間が、その死をどう受け止めるかまで自然に見せる必要がある。
持病がある人間なら病死や事故に見える。家族関係や仕事に問題を抱えている人間なら、自殺しても不自然ではないと思わせられる。
伊崎の小説は、標的の死に至る理由と、死後に周囲が納得する説明まで作っていた。
だから必要とされたのは、殺人の技術だけを知る専門家ではない。
人物の性格や過去から行動を想像し、偶然を必然に見せる物語を作れる小説家だった。
小説家が物語を作り、カンパニーが現実へ変える
ただし、伊崎の小説だけで暗殺が成立するわけではない。
医学や科学捜査、設備、警備体制など、伊崎には分からない専門的な問題が残る。
そこでカンパニーが小説を修正し、必要な人材や技術を加えて、現実に実行できる形へ変えていく。
標的が予定どおり動かなければ、ホテルの従業員や作業員に扮した人物が誘導する。資料だけでは分からない情報が必要なら、伊崎を標的へ直接接触させる。
伊崎が作るのは、人が死ぬまでの筋書きである。
カンパニーは、その筋書きに含まれる偶然や不確実さを減らし、現実の出来事として成立させる。
伊崎が脚本を書き、カンパニーが配役と演出を担当する関係に近い。
ただし、完成した作品を観客が目にすることはない。
社会に残るのは、事故や自殺として報じられる短いニュースだけである。
誰も自分を人殺しだと思わずに済む分業
カンパニーの暗殺は、多数の小さな仕事へ分けられている。
依頼人は金を払い、黒川はカンパニーの集めた資料とともに暗殺小説家に依頼、早紀はマネージャーとして伊崎を監視、伊崎は小説を書き、専門家が内容を修正し、実行役が現場で動く。
一人で暗殺のすべてを行う人物はいない。
そのため、それぞれが自分の役割だけを見れば、多少なりとも罪から目をそらすことができる。
伊崎は小説を書いただけ、実行役は指示された作業をしただけ、黒川は人材を手配しただけだと考えられる。
仕事を分けるほど、一人ひとりが背負う責任は小さく見える。
しかし、どの役割が欠けても暗殺は完成しない。
カンパニーは効率よく人を殺す組織であると同時に、責任を分散し、罪の全体像を見えにくくする仕組みでもあった。
依頼人には、自分は人殺しではないという物語を与える。
実行役には、自分は仕事をしただけだという物語を与える。
そして伊崎には、自分は小説を書いているだけであり、ようやく才能を認められたのだという物語を与える。
カンパニーは暗殺小説を使って標的の死を作るだけでなく、関わる人間それぞれに、自分の罪を少しでも見ずに済む物語を与えていたのである。
全話を見終えた感想
『コンサルタント―死を執筆する男―』は、売れない小説家が暗殺の筋書きを書く仕事へ引き込まれていくという、面白い設定のドラマだった。
細かく見れば、暗殺方法やカンパニーの仕組みには無理を感じる部分もある。
それでも、伊崎がどこまで組織の論理に取り込まれ、最後に何を書くのかは気になり続けた。
暗殺サスペンスとして見るよりも、才能を認められたことで、一人の人間が少しずつ戻れない場所へ進んでいく物語として見ると、最後まで筋が通っていたと思う。
面白かったところ
最も面白かったのは、暗殺そのものではなく、人の死を「物語」として作る発想だった。
標的をただ殺すのではなく、その人物の病気、秘密、生活環境まで利用し、事故や自殺として納得される結末を作る。
そこに小説家である伊崎が必要とされる理由があった。
また、伊崎が最初から冷酷な人物ではなかった点もよい。
最初は自分の小説どおりに人が死んだことへ動揺していたが、2年後には暗殺小説を書くことが日常になっている。
その変化が突然ではなく、罪悪感を残したまま少しずつ感覚が鈍っていく形で描かれていた。
特に良美をめぐる終盤では、暗殺小説の内容ではなく、伊崎の言葉によって良美を追い詰めた話へ変わる。
伊崎の罪が、暗殺小説を書いたことだけではないと分かる構成は印象に残った。
気になったところ
一方で、設定には引っ掛かるところもあった。
小説家が標的となる人物をいかに自然に事故や自殺に見せかける暗殺のための物語を作るという説明には納得できるが、実際の暗殺では医学や設備、科学捜査などの専門知識が必要になる。
何の専門知識もない伊崎が書き上げた暗殺小説は、実行するにあたり大幅な修正や多大な労力が必要なことも多々あった。
そのため、伊崎がカンパニーにとってどこまで不可欠な人材だったのかは、やや曖昧だった。
また、伊崎が事件現場へ足を運び、刑事の菅野に目撃されたり、防犯カメラに映るなど、カンパニーから正式に仕事を受ける前だったとはいえ、不用意に見える場面もある。
菅野の捜査も、疑いは深まるものの決定的な証拠へ届かず、カンパニーとの対立軸としては少し弱く感じた。
さらに、一般人だった早紀は噂を頼りにカンパニーへたどり着けた一方で、警察は存在すら確認できない。
カンパニーは何年もの間、複数の人材を抱え、継続的に依頼を受けている。そんなカンパニーを依頼人たちがどのように見つけ、なぜ警察は見つけることができないのか、最後までよく分からなかった。
全6話という長さが作品に合っていた
それでも本作が最後まで見やすかったのは、全6話という長さが合っていたからだと思う。
第1話と第2話で伊崎がカンパニーへ入るまでを描き、第3話から2年後の生活へ進む。
第4話で仕事の範囲が広がり、第5話と最終回で良美の死と伊崎の結末へ向かう。
大きく寄り道せず、必要な出来事だけをつないで終わっている。
もし話数が多ければ、現実離れした暗殺小説が続き、設定の無理も目立っていたかもしれない。
全6話だからこそ、ちょっと無理めな設定の勢いを保ったまま、伊崎の変化と最後の小説まで描き切ることができた。
設定には無理があっても最後まで見られた理由
本作は、細部の現実味よりも、発想と結末への興味で見せるドラマだったと思う。
暗殺方法は本当に成立するのか、警察がそこまで見逃すのかと考え始めると、気になる点は多い。
それでも、「小説どおりに人が死ぬ」という入口には強い引きがあった。
さらに、伊崎が完全な被害者でも、単純な悪人でもない点も大きい。
知らずに利用されたあと、自分の意思で残り、罪悪感を抱きながら仕事を続ける。そして最後には、自分の罪を小説として出版する。
その選択に納得できるかどうかは別として、伊崎がどのような結末へ向かうのかは見届けたくなった。
手放しで傑作とは言いにくい。
しかし、誰かを殺すために小説を書いてきた男が、最後に自分の罪を書くという終わり方には、作品全体を閉じるだけのまとまりがあった。
少し変わった題材のダーク・サスペンスとして、最後まで楽しむことができた。
原作小説『コンサルタント―死を執筆する男―』
本作は、イム・ソンスンの小説『コンサルタント』を原作としている。
ドラマでは舞台を日本へ移し、伊崎耀という小説家志望の青年が、暗殺の筋書きを書く「コンサルタント」になるまでと、その後に背負う罪が全6話で描かれた。
ドラマを見終えたあとでは、原作で主人公の内面やカンパニーの仕組みがどこまで描かれているのか気になる。
ドラマを見終えて原作で確かめたいこと
特に確かめたいのは、なぜ暗殺計画を小説家が書く必要があるのかという点である。
ドラマでは、伊崎が標的の人生や性格から死へ至る物語を作り、カンパニーが専門知識や実行力を加えて現実へ変えていた。
原作では、小説家が暗殺組織に必要とされる理由や、物語と現実の境界が、より詳しく描かれているのかもしれない。
また、主人公がカンパニーに残る決断や、暗殺を仕事として受け入れていく過程も気になる。
ドラマでは全6話にまとめられていたが、小説では、才能を認められた喜びや、人の死を書き続ける自己正当化が、さらに細かく描かれている可能性がある。
良美にあたる人物や、最終回の展開が原作にもあるのかも確認したいところである。
ドラマ版で加えられた人物や設定があるなら、その違いを比べることで、映像化にあたって何が強調されたのかも見えてきそうだ。
原作小説を読む
ドラマでは、暗殺の仕組みだけでなく、才能を認められたい欲望や、責任を分業することで罪が見えにくくなる怖さが描かれていた。
原作では、そのテーマがどのように広がり、主人公が自分の罪と向き合うのか。
ドラマを見終えてから読むことで、人物設定や結末の違いも含めて楽しめそうである。
まとめ|伊崎が最後に書いたのは自分の罪だった
『コンサルタント―死を執筆する男―』は、売れない小説家だった伊崎が、暗殺の筋書きを書く仕事へ引き込まれ、少しずつ人の死を日常として受け入れていく物語だった。
最初の伊崎は、自分の小説が現実の暗殺に使われていることを知らなかった。
しかし、カンパニーの正体を知ったあとも組織に残ることを選び、やがて人の死を書くことを仕事として受け入れていく。
その罪を最もはっきりと突きつけたのが、良美の死だった。
伊崎は、愛した相手である良美本人に確かめることをせず、カンパニーの資料と自分の推理を信じた。そして、彼女を理解したつもりで関係を終わらせ、追い詰めてしまう。
良美は伊崎の暗殺小説によって殺されたわけではない。
それでも、自分の思い込みと言葉が彼女を追い詰めたことで、伊崎はもう「暗殺小説を書いただけ」とは考えられなくなった。
菅野は証拠がないため、伊崎を法律で裁くことができない。
そこで伊崎は、カンパニーで経験したことと、自分が関わった死を一冊の小説として出版した。
それまでの暗殺小説は、人が殺された事実を事故や自殺の物語で覆い隠すために使われていた。
最後の一冊だけは、その逆だった。
隠されていた罪を、フィクションという形で世の中へ戻したのである。
その小説が十分な贖罪だったとは言い切れない。
出版しても亡くなった人々は戻らず、伊崎の罪が消えるわけでもない。
それでも、誰かの結末を決めるためではなく、自分が何をしてきたのかを残すために、伊崎は最後に初めて自分の責任で小説を書き出版した。
伊崎が最後に書いたのは、カンパニーの秘密だけではない。
人の死を仕事として受け入れ、愛した相手さえ自分の物語の中へ閉じ込めてしまった、自分自身の罪だったのだと思う。