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【I,KILL】最終回感想|「群凶」とは結局何だった?最後まで残った違和感と強烈な存在感

ドラマ感想(コラム)
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途中で脱落することなく、WOWOWオリジナル連続ドラマ『I,KILL』(全6話)の最終回まで見届けた、姉です。

第5話の時点で、

「最終回はちょっとバタつきそうだな」

という予感はしていた。

そして迎えた最終話。

お凛、士郎、十兵衛、家光、それぞれの物語にはひとまず決着がついたものの、見終わってみると、

「それで群凶って結局何だったんだろう?」

という疑問が一番強く残った。

細かい辻褄には気になるところもあったけれど、第1話から最後まで、とにかく「群凶」の存在感だけは強烈なドラマだった。

家光は「群凶」を一掃できないまま終わる

最終回の冒頭で、家光は十兵衛に「群凶」を一掃するよう命じる。

いよいよ人間と群凶の決着がつくのかと思った。

ところが、最終的には群凶が完全に排除されたわけではない。

家光の命令も、世界そのものも、どこか途中のまま物語は終わる。

もちろん「すべて解決して平和になりました」という話ではないのだろう。

ただ、全6話で群凶という存在を中心に描いてきたことを考えると、もう少しはっきりした着地点が欲しかった気もする。

お凛、その怪我で普通に話せるの?

そして気になったのが、お凛。

群凶との戦いでかなりの大怪我を負う。

江戸時代の医療事情を考えたら、

「これはさすがに危ないのでは」

と思うほどの状態だった。

ところがその後、十兵衛と普通に話している。

ドラマなので多少のことは気にしないようにしているけれど、

「出血、大丈夫?」

とは思ってしまった。

壮絶な戦いを見せたい気持ちはわかる。

でも、その直後に普通に動いていると、せっかくの負傷の重さが少し軽く見えてしまう。

最後まで一番印象に残ったのは「群凶」

全6話を見終わって、一番印象に残ったものは何か。

個人的には、やっぱり「群凶」だった。

薄暗い場面の中から次々と現れる異様な姿。

それぞれ見た目も違えば、動き方や表情も違う。

とにかく風貌と演技の完成度が高い。

第1話から最終話まで、ストーリーとは別に群凶が出てくるだけで、

「今度はどんなのが出てきた?」

と見てしまった。

そう考えると、『I,KILL』は群凶を楽しむドラマとして見ると、かなり面白かったのかもしれない。

だからこそ「群凶とは何なのか」をもっと知りたかった

一方で、一番残念だったのも群凶。

最後まで見ても、

「群凶とは何なのか」

がはっきりわからない。

なぜ生まれたのか。

人間とは何が違うのか。

士郎はなぜ他の群凶と違って見えるのか。

どこまで人間としての意識を保てるのか。

そういう設定がもう少し見えていれば、この世界そのものへの興味もさらに広がったと思う。

見た目や演技がこれだけ魅力的だったからこそ、背景をもっと知りたかった。

士郎はほかの群凶と何が違うのか

特に気になったのが士郎。

士郎も群凶ではあるけれど、他の群凶と同じ存在には見えない。

人間と会話し、感情を持ち、自分で考えて行動している。

では、なぜ士郎はそうなのか。

群凶には個体差があるのか。

時間が経つと変化するのか。

それとも士郎だけが特別なのか。

このあたりがもう少し説明されていたら、「群凶」という存在の見え方もかなり変わったと思う。

最後に出てきた「あの人も群凶?」にはびっくり

そして最後には、誰もが知る歴史上の人物まで登場する。

しかも、

「あの人も群凶だったの?」

と思わせるサプライズ付き。

もちろん、あくまでこのドラマの中でのフィクション。

でも、歴史ものと群凶という設定を最後にもう一度重ねてくるのは面白かった。

詳しく書くと完全にネタバレになるので名前は伏せておくけれど、最後の最後で、

「そこにつなげるんだ」

とは思った。

まとめ|結局、一番強かったのは「群凶」の存在感

『I,KILL』全6話を見終わって、一番強く残ったのはストーリーよりも「群凶」だった。

最終回ではそれぞれの人物にひとまず決着がついたものの、群凶そのものについては最後まで謎が多い。

家光の「一掃」も完遂されず、お凛の怪我など細かいところには少し違和感も残った。

それでも、群凶たちの造形や演技は最後まで見応えがあった。

だからこそ、「群凶とは何なのか」をもう少し知りたかった。

全6話を通してこのドラマが一番強く見せていたものは、結局のところ「群凶の怖さと存在感」だったのかもしれない。

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