※本記事は『シリウスの反証』第3話のネタバレを含む感想です。
物語の展開や印象的な出来事に触れていますので、未視聴の方はご注意ください。
第3話で描かれた東山の死は、「シリウスの反証」という物語の重心を大きく動かした出来事だった。
彼女は安野に“シリウス”と称されるほど、強く、まっすぐに正義を照らす存在だったが、その光はすべての人にとって救いだったのだろうか。
裁判が藤嶋たちへと引き継がれた一方で、東山が背負っていたもの、そして彼女の正しさが生んだ影もまた、はっきりと浮かび上がる。
第3話は事件の進展以上に、「正しさ」と「救い」の距離を考えさせる回だった。
※本作のこれまでの流れや事件整理については、第1話・第2話の感想もあわせて読むと、東山の立ち位置がより見えてきます。
※本作『シリウスの反証』はWOWOWで放送・配信されています。
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シリウスと呼ばれた光は、あまりにも強すぎたのか
第3話で描かれた出来事の中で、やはり最も大きな衝撃だったのは東山の死だ。
それは単なる退場ではなく、この物語そのものが抱えていた問いを、強烈な形で突きつけてくる出来事だったように思う。
東山の死によって裁判は藤嶋たちへと“バトンタッチ”された。しかし同時に、彼女が背負ってきたものの重さもまた、視聴者に委ねられたように感じた。
東山という「シリウス」
安野が東山を「シリウス」と呼んだ言葉が、今回はずっと胸に残っている。
夜空で最も明るく輝く星。迷う者にとっては道標になりうる存在。
東山はまさに、そういう人だった。冤罪の可能性があると知れば、ためらわず、立場や時間の制限すら超えて動く。
再審請求を急ぐ理由も、土下座してまで信也に協力を求めた姿も、すべてが「正しいと信じたことをやり切る人」だったからこそ。
ただ、その光は――あまりにも強すぎたのかもしれない。
東山がここまで強く“正しさ”に向き合ってきた背景は、第2話までの積み重ねがあってこそだ。
もしまだ見ていなければ、第2話の感想を先に読んでから、改めてこの回を振り返ってもいいかもしれない。
▶【シリウスの反証】第2話 感想|追われる少女の正体と指紋鑑定が揺らす冤罪
光が強ければ、影もまた濃くなる
東山を刺したのは、太田重子の父だった。彼は決して“物語上の単純な悪”として描かれてはいない。
自分の娘を失い、その死を受け止めきれないまま生きてきた人。東山が照らそうとした「真実」は、彼にとっては耐え難い光だった。他は助けてもうちの娘は助けない、光が強いほど太田の父の心に暗い影が落ちる。
ここで描かれたのは、正しさが、必ずしもすべての人を救うわけではないという現実だ。冤罪を正そうとする行為は、同時に誰かの人生を壊してしまう可能性もはらんでいる。
東山はそのことを、どこまで自覚していたのか。あるいは、自覚していたとしても、止まれなかったのかもしれない。
東山の死が意味するもの
東山の死は、物語上の大きな転換点であると同時に、このドラマのテーマをより残酷な形で浮き彫りにした。
- 正義は誰のためにあるのか
- 真実は、すべての人にとって救いになるのか
- 光を掲げる者は、その影まで引き受けなければならないのか
彼女は「正しい側」に立っていた。それは間違いない。
けれど、その正しさが誰かの人生を踏み潰す可能性を持つこともまた、この第3話ははっきりと示された。
それでも、バトンは渡された
東山が倒れたことで、すべてが終わったわけではない。むしろここからが、本当の意味での始まりだろう。
藤嶋、安野、そして関わる人々は、「東山ほど強い光」にはなれないかもしれない。けれど、彼女が照らした場所を見失わずに進むことはできる。
シリウスのように一人で夜空を切り裂くのではなく、小さな光をいくつもつなぎながら進む――そんな物語へと、ここから変わっていく予感がした。
第3話を見終えて
第3話は、事件の進展以上に、心に重く残る回だった。誰が正しく、誰が間違っているかを簡単に言えない。それでも、真実から目を背けてはいけない。
東山という存在は、その矛盾を一身に引き受けて、物語から去っていったように思う。だからこそ、彼女の死はただ悲しいだけでは終わらず、このドラマを“見る側”にも問いを残した。
――あなたは、この光をどう受け止めるか。その余韻を抱えたまま物語は次へ進む。
「シリウスの反証」は、回を追うごとに“正しさの輪郭”が変わっていくドラマです。今後も各話の感想は、こちらでまとめていく予定です。
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※本作『シリウスの反証』はWOWOWで放送・配信されています。
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