2026年1月3日に放送された東野圭吾スペシャル「雪煙チェイス」後編の、ネタバレを含む感想をまとめました。
後編は、前編で張り詰めていた不安や疑念を抱えたまま、それでも人が人を信じ続けた先に、何が残るのかを描いた物語だったと思います。
事件の真相以上に、諦めなかった人たちの選択と感情が、強く心に残りました。
雪山でしか成立しないチェイスの迫力
女神を追って滑り出す脇坂。
しかし実力差は明らかで、途中で転倒し、置いていかれてしまう。
それでも印象に残ったのは、上手な者同士が滑るシーンの説得力だった。
スピード、ライン取り、体の使い方。
「演技」ではなく「技術」で魅せる滑りは、このドラマが雪山ロケにこだわった理由をはっきりと示していた。
後半のチェイスシーンは、まさに圧巻だった。
チャンピオンコースを滑り降りる脇坂、追いすがる長野県警。
そして横から割り込むように雪煙を上げ、視界を塞ぐ根津。
正直に言って、とにかく格好よかった。
上手な人が本気で滑っている映像は、それだけで観ていて気持ちがいい。
女将という存在が物語を一段深くした
後編で特に存在感を放っていたのが、女将だった。
警察でも、捜査一課でもない。
それでも彼女は、この町と人を守る立場として動く。
「最後の晩餐かもね」
犯人の心理をさらりと見抜くような言葉に、思わず「勘が鋭すぎる」と感じた。
だがそれは、長年この町で人を見てきたからこその感覚だったのだと思う。
彼女が語る「一寸の虫にも五分の魂」という言葉。
亡き夫の信念を引き継ぎ、小さな町の魂を信じてきた女将だからこそ、小杉の迷いも、覚悟も、見抜いていた。
女将は、物語のもう一人の“追う側”だった。
小杉と白井、刑事としての矜持
後編では、小杉と白井の関係性も際立っていた。
「卑怯者にはなりたくない」
白井がその場に残ると決めた瞬間、彼女はただの部下ではなく、同じ覚悟を持つ刑事になった。
小杉もまた、組織の論理と自分の信じる正義の狭間で揺れ続ける。
「犯人じゃないと分かっている人間を捕まえている暇があったら、真犯人を探すことに精を出したほうがいい」
女将のこの言葉は、まさに真理だった。
そして小杉は、警察官としての“仕事”ではなく、自分自身の魂に従う選択をする。
「自分の身は自分で守れ。それができない場合は……全力で逃げろ」
この台詞は、後編の中でも特に胸に残った。
友情が、諦めを引き戻す
一度はすべてを諦めようとした脇坂。
「警察に出頭する」
そう言って立ち去ろうとする彼を、引き戻したのは波川だった。
「俺と一緒にいる以上は、絶対貧乏くじ引かせたくないんです」
この言葉もいい言葉だと思う。
疑い深く、ネガティブな波川だからこそ、脇坂という存在を、何があっても信じ続ける覚悟があった。
無償の友情。
見返りも、計算もない。
脇坂が人を信じ、波川が脇坂を信じる。
この関係性があったからこそ、物語は最後まで崩れなかった。
女神の正体と、静かなカタルシス
クライマックス。
追い詰められ、連行されそうになる脇坂の前に現れた女神。
遠くから滑降しビタ止まりで現れるその姿は、正直少し笑ってしまうほど印象的だった。
しかし本当の女神は、葉月だった。
撮影された写真。日時。
それが揃った瞬間、脇坂の無実はようやく形を持つ。
犯人の正体は唐突だった。
正直に言えば、前編に登場していなかった岡倉という人物には、肩透かしを感じたのも事実だ。
けれどこの物語は、「誰が犯人か」よりも、「誰が諦めなかったか」を描いていた。
そう考えると、大団円に向かう展開も、雪原も相まってどこか爽快だった。
後編を観終えて
「雪煙チェイス」後編は、できすぎていると感じる部分もあった。
それでも、
- 女神を探し続けた若者
- 友を信じ抜いた友情
- 町を守ろうとした女将
- 魂に従った刑事たち
それぞれが諦めずに動いた結果、すべてが一つの場所に収束していく。
雪山を舞台にしたこの物語は、最後にはとても気持ちのいい終わり方をした。
やっぱり、最後のチェイスシーンは格好よかった。
上手な人が本気で滑る姿を見ているだけで胸が高鳴る。
そんな感情を、素直に残してくれる後編だった。

